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2012年 05月 21日
また実家の母から分厚い手紙が届いた。
前回手紙が届いたのは1年前、「親子の縁を切った」直後のことで、その中には「お前なんか産まなければよかった」と書いてあった。 「お前なんか産まなければよかった」というのは相手が年端もいかない子どもならトラウマ必至の禁止用語だが、「子ども」とは言ってもこの年齢になると「ああそうか」としか思えないというか、それは親子の距離が必要な分だけとれている(少なくとも私にとっては)ということなので、ある意味ではホッとする。感慨深い気持ちにもなる。 ただ、年老いた親にその言葉を言わせた自分に罪悪感というか、後ろめたさは付き纏い、だからこそ今回の手紙を受け取るのがあれほど気が重かったのだろう。そういう気の重さは支払うべき代償と思うしかないのかもしれない。 ちなみにわざわざ手紙で送ってきたのにはおそらくわけがあって、私が電話に出ないからだ。実をいうと、あまりに母からの電話が頻繁で応対するのが苦痛なために時々着信拒否にしている。 今いろいろあって、母がそのことについて電話をかけてくるのである。彼女は親切のつもりでさまざまな助言をするのだが、私にしてみれば「私は心配しているのだ」という彼女の心配の面倒まで見る羽目になっている。しかも相手は同じ話を何度も繰り返す。とてもそこまで手が回らないので勘弁してほしいと思う。 皮肉な話だが、「縁を切った」後の方がめんどくさいことになっている。私にとって「絆」とは付き纏うもの以外の何ものでもない。やれやれ。 今回の手紙の細かい内容は伏せる。 ただ、彼女が手紙の中で書いていたことの8割方は「自分のやったことは正しく、結果的に自分の人生は正しかったのだ」ということだった。 素晴らしい人生観だ。別に皮肉を言っているわけではない。彼女は案外穏やかに死んでいくのかもしれない。それはそれで私にとっても幸運なことだ。 しかし私は直感的に思ってしまう。 誰かが何かを必死に言いたてている時。その熱意や頑固さに反して本人は言いたてていることに実はほとんど自信を持っていない…そういうことは結構多い。そしてその自信のなさはたいてい身近な他者に投影されている。 母が自分の人生の正しさを私に対して言いたてる時、私が感じるのは、彼女の目には私がその正しさを理解していないように見えるらしいということ、そのことによって彼女は自分が否定されたように思っているのではないかということだ。しかし、それは結局、彼女自身が自分が言いたてている正しさに自信が持てないでいるということにすぎない。 自分の人生の正しさの確信を他人に求めることはできない。たとえ親子の間柄であっても他人は他人である。その確信を自分の中で完結させられないのなら、そもそも「自分の人生の正しさ」というものを捨ててしまうべきなのだろう、本当ならば。 2012年 05月 18日
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"Junebug"という映画が好きで。
ノースカロライナを舞台にした物語で、ノースカロライナの風景は私が以前住んでいたテネシーの風景とよく似ている。(テネシーの方がもう少し乾いた感じがするが。) この映画が好きなのは昔住んだ場所に対する懐かしさだろうと思っていた。 しかし、その懐かしさがすでにぼんやりしてきた今でもこの映画は面白い。 この映画に登場する何組かの夫婦の、夫と妻の間の関係は、それぞれ理屈にはできないものをさらっと含んでいる。 いや、夫婦関係だけではない。この映画には人が人と接する時の絶妙な距離が描かれている。 シカゴで画商をしているマデリンはオークションで知り合ったジョージという男性と電撃結婚する。 彼女が力を入れているのはフォークアート(その中でもアウトサイダーアートに近いものらしい)で、ノースカロライナ在住のある画家に惚れ込むが契約がすんなり進みそうにないため、自ら赴くことになった。画家が住んでいるのはちょうど夫の実家からそれほど遠くないところで、マデリンとジョージはあいさつがてら実家に滞在することにした。(2人は結婚して半年になるが、マデリンは夫の実家の家族に会ったことがない。) 夫の実家には物静かな義父ユージーン、毒舌家の義母ペグ、そして義弟ジョニーとその妻アシュリーが住んでいる。マデリンはそこで「都会人」「自分たちとは違う人種の人」として受け入れられる。無邪気なアシュリーは「都会のお洒落なお義姉さん」に大興奮だが、ペグはマデリンを避けている。ジョニーもマデリンを避けているが、彼は家族全員を避けたがっているので、マデリンをどう思っているのかはわからない。「物静か」というよりは、ペグの毒舌やアシュリーの賑やかさに押されて言いたいことも満足に表現できないユージーンの内面を伺うことは難しい… アシュリーは妊娠している。 彼女が陣痛を起こして入院してからが物語の転換点なのだが、そこで明らかになるこの家族の距離感がいい。 アシュリーが入院した時、マデリンは他の家族と一緒に病院には行かず、画家と重要な契約を結ぶために彼の家に行く。つまり、自分の仕事を優先する。 しかし誰も彼女のことを責めないのだ。(とはいえ、画家のところまで送って行くことになったジョージは車の中で多少非難はするし、その後病院に来ようとするマデリンを拒絶はするが、結局、彼も彼女のことを理解してそれ以上のことは何も言わない。) ここで面白いのはペグがそのことを全く気にかけていないように見えることだ。ペグはそもそもマデリンのことをそれほど好きではないし、彼女に対してはずっと余所者として接してきた。(次男の嫁のアシュリーのことは好ましく思っている。)しかしその彼女は、家族の重大事を優先しなかったマデリンに対して何も言わない。態度も全く変わらない。(それが重要なイベントというだけではなく、重大事になったのは当初予想していなかったこととはいえ、家族、こと嫁姑の間では後付けで関係が悪化するのはよくあることだと思う。) それはおそらく、仕事を優先させたマデリンの選択が、ペグが彼女に会って「相手はこういう人だから」と判断した人となりの範囲内で起こったからであり、ペグは自分の判断に従ってきちっと2人の間に距離を敷いたから、そこをはみ出してこなければ何ともないということなのだ。 この点については、マデリンに関してペグとは全く逆の立場にいたアシュリーも全く同じである。マデリンの選択に何の反応も示さない。 相手に対する好悪の感情ではなくて、自分が相手との間に敷いた距離が重要なのだ。この距離は実のところ双方の合意の上に成り立っていて、たいていの場合、その合意は暗黙のものだけれど、それはどうやら日本でいう「契約」の感覚に近いらしいのである。 確かにあれこれつらつらと思い出してみても、人と関わる時そこに占める好悪の情の占める割合がー割合というよりは重みがー日本とアメリカでは全然違うのかなという気はする。 もちろん、嫌いな人というか「何となく好きになれない人」はいる。しかし、そういう相手の嫌いな部分はあくまで相手の問題であって自分とは関係ない、というのはとても「アメリカ人っぽい」。 相手の嫌な部分が許せないというのは、たぶん何らかの意味、何らかのかたちにおいて、その嫌な部分に自分が責任をもたなくちゃいけないと思ってるからだ。 それは結局、「自分の問題」になる。(だから、そういう時は本当だったら自分の中もよく見なくてはならないはずなのだ。) 2012年 04月 09日
息子3歳、夜叫。
夜中に何度も目を覚ます。 明日は入園式。 ここ最近、ほんの一週間ほどの息子の内面の変化が著しい。認識の拡張というか、一種の成長である。 まず、表現する能力が飛躍的に向上した。 しかし、成長というのは急激な変化であり、成長する時期にはだいたいその反動となる、周囲にとってはあまり好ましくない面が激しく出てくる傾向がある。(例えば「赤ちゃん返り」なんかも多くの場合そう。) 思い返せば、言葉(発語)の発達の遅い子だった。 2歳になるまでアメリカで育ったのだが、「家では日本語、外では英語」という状況は私が思った以上に彼を混乱させていたらしい。 本帰国してからようやくまともに話すようになり、日本に帰ってきてからしばらくは英語のDVD(子ども向けのテレビ番組を収録したもの)を再生すると激しい怒りを示すようなこともあった。 ここ最近の息子の変化には、彼の入園がちょうど姉の入学と重なったことも関係あるかもしれない。 あるいは、数日前のあの件か。 上の子(娘6歳)の通学用の服を買うのに家族でお店にいた時、どこからか小さな女の子がやってきて娘の後について回っていた。「小さな」とはいっても年齢はうちの息子と同じくらいか、せいぜい1歳下くらいの子どもだ。(うちの子どもは5歳児と間違われるくらい体が大きい。)彼女たちが追っかけっこをするのに息子が混じろうとするのが目障りだったのか、息子の顔を突こうとしたり体ごと突き飛ばそうとしたりするような仕草を合間合間に繰り返す。 いよいよ対決、というような構図になった時、私は彼がどうするかを見ていた。 彼はほとんど全く反撃できなかったのだ。 突き飛ばされて尻餅をついて転んだ後で、悲しそうに泣きながら私に助けを求めた。 「我慢してたね」と夫は言った。 夫が言うには、彼は男の子たち(ほとんどは姉の同級生)と遊んでいる時にはきちんと反撃していたのだそうだ。年上の男の子たちに敵うわけはないけれど、少なくとも同じように反撃しようとはしていた、と。 今回の場合、相手が女の子だったせいなのか、彼女が自分より体が小さかったせいなのか、父親ではなく母親である私が見ていたせいなのかはわからないが、明らかに自分より弱いのに、自分に攻撃してくる相手にどうしていいかわからなかったようだった。 ひょっとしたらあれは彼にはかなり堪えたのではなかろうか。 初めて「社会」に出るにあたって、そのための力をめきめきと発達させながら、自分が身につけてきたルールが通用しない相手とは(それまではまだ)実際に出会ったことがなかった。 その挫折感たるや。 2012年 04月 03日
昨日、実家の父からメールが入った。携帯に2度送信されている。(今朝確認したらWebメールにも同じものが来ていた。)
「そちらでも被爆があるそうです」 「そちら」というのは関東、「被爆」というのは正確にいえば内部被曝のことであるらしい。 何か本を読んだのだろう。その本の表紙を写した写真が添付されていた。 今さらそれがどうしたというのですか、私は面と向かってそう言ってやりたかった。 昨年のあの時期に私が子ども2人を連れて1人で車を運転して広島まで帰ったのを、あなた(あるいはあなた方)は、私が孫を連れて遊びに帰ったとでも思っていたのですか? もちろん、私が実際にそう口にすることはない。 でも、返信したくないメールや出たくない電話を無視するくらいは許してほしいと思う。 確かにあの時、私たちを追い出したのは父ではなく母である。 父は「自分は妻の怒りから娘と孫たちを庇った」と思っているのだろう。 しかし重要なことは、私が今感じているわだかまりが「避難したのに追い出された」ことに対してではないということだ。 母はとっくに父がメールで言ってきたようなことには気がついているはずだ。 昨年の夏以降、しきりと宅配便を送ってくるようになった。月に2回程度。自分が畑で作ったものが主だが、わざわざ買ってきた「西のもの」も多い。(昨日は3箱届いた。) それはまるで孫たちに対する彼女なりの罪滅ぼしのようだ。 私にもいろいろ思うところ(わだかまり)はあるが、ただ「ありがとう」とだけ言って受け取ることにしている。 あの時の母と私の間の衝突は、私の実家で綿々と続いている何かの一部でしかない。 その「何か」の責を負うのは実家の家族の特定の誰か1人ではない。 だからあの「衝突」についても、私の中では母だけが悪者なのではない。母が悪いなら私も同じくらい悪いし、父だって同じくらいロクでもないのだ。 それを父は、単に「妻vs娘」の衝突と捉え、自分は私の味方になったのだと思っている。あの諍いに自分は直接関係ないのだと思っているのではないか。それは彼が負うべき彼自身の責を免れようとしているように私には見える。 私はそれを腹立たしいと感じるよりはむしろ気持ち悪いと思う。父本人は無意識であろうからなおのこと。 以前、父の仕事上の知人から聞いた話だが、彼はその人に、 「娘は夫婦喧嘩の時、必ず中立の立場に立つ。たまには自分の味方についてほしかった」 とこぼしたことがあるそうだ。 状況をよく知る私にはその言葉がどういう精神構造から生み出されたものか見当もつかない。 しかし、同時に父にあの「気持ちの悪さ」がなければ、父は自分自身の両親を自分の人生から上手に切り離すことはできなかっただろうとも思う。もしそうだとしたら私は生まれていなかったかもしれない。もし生まれていたとしても私の人生は全然違ったものになっていたことだろう。(ひょっとしたらこの歳まで生きていなかったかもしれない。) そして、私が自分の両親を「上手に」切り離そうとするそのやり方は父のやり方そっくりそのままである。 全然上手くいってはいないが。 2012年 03月 21日
隠し事をし嘘をついた娘(6歳)に腹を立て、腹を立てた後で、
「あなたが隠したことそのものはそんなに悪いことじゃない。お母さんがものすごく怒ったのはあなたがそれを隠して、そして嘘をついたからなの」 と諭す。 誰でも隠しごとはするし嘘はつくの。 本当はいけないことだけど、どうしても隠しごとしたり嘘つかなきゃいけない時だってある。 でもねえ、隠しごとをしたり嘘をついたりしたら、そうしないでただダメって言われるようなことをした時よりずっとひどく怒られる。そういうものなの。嘘をつかれた人はあなたは自分に嘘をつかないと思ってる。それがそうじゃないってわかったらその人は傷つくのよ。 誰かに隠しごとをしたり嘘をついたりする時はそういうことはきちんとわかってなくちゃいけない。そういうことがしっかりわかってなくて「どうせバレないだろう」と思ってやってるとロクなことにならないから。 嘘をつくとさ、ずっとそのことを覚えてなきゃいけないのよ。ずっと忘れられないの。嘘をつかれた人の方はひょっとしたら忘れてるかもしれないようなことでも、嘘をついた人は覚えてるの。それは後で思い出すたびにとても嫌な気持ちがする。ずーっとね。 アメリカの幼稚園でさ、きっと、「神様は何でも見てるからね」って言われたよね。でも、嘘をついたっていうのは何よりあなたが自分で一番よくわかってるでしょ?他に誰もそのことに気がついてなくてもさ。 今は、あなたが隠しごとをしたり嘘をついたりすれば、あなたが自分で何も言わなくてもお母さんには全部わかるのよ。あなたの顔ややっていることを見ればわかる。 でもね、これからあなたが大きくなったら隠しごとをするのも嘘をつくのもどんどんうまくなってお母さんにもわからなくなると思う。小学生の2年生、3年生くらいになったらもうわかんなくなっちゃうかもしれない。そしたらね、その隠しごとや嘘は自分しか知らないの。 お母さんは自分が幼稚園の時についた嘘を今でも覚えてるよ。もう30年以上になる。たぶん、死ぬまで覚えてる。そういうものなの。 隠しごとや嘘っていうのは、本当はよくないことだけど、どうしてもしなきゃいけない時がくる。 だから、どうしても必要な時じゃなければしない方がいいの。本当に必要な時だけするようにして、なるべく少なくしておいた方がいいのよ。 2012年 03月 09日
うちのトイレには小さなホワイトボードが掛けてある。伝言板だ。
昨日、娘(6歳)がホワイトボード用のマジックでトイレの壁に落書きをした。本人が消そうとした跡が窺えるが、やり方が拙くて真っ黒い染みが広がっている。「そういえばあの時か」という心当たりがある。1、2時間前のことだ。 本人を呼んで、「お母さんはがっかりした。壁に落書きなんて赤ちゃんのやることだ」と言うと、「ホワイトボードに描いたものを消そうとしたら壁にマジックが付いた」という説明が返ってきた。事故らしい。 お風呂用の洗剤(クエン酸配合)で落とそうとしたがあまり効果がなかった。酸素系漂白剤の溶液で擦ってみたらだいぶマシにはなったがまだはっきりと跡が残っている。最後に消しゴムで消してみたらようやく「これならいいかな」という程度に薄くなった。 「あのねえ」と娘に言う。 お母さんに怒られると思ってこれ隠そうとしたでしょう? もしこれをやらかしてすぐお母さんに言ってくれたら、この汚れはもっとキレイになったかもしれないのに。 お母さんはさ、あんたが壁を汚したことも確かに怒ってはいる。でもそれよりもっと怒っているのは壁を汚してすぐお母さんに言わなかったこと。 いやね、壁を汚したのを自分で何とかしようとしたのは偉い。うん、偉いと思うよ。 でもさ、あんたはまだ小さい。やり方がよくわかんなくて上手くキレイにできなかったんだよね?それで、キレイにしようとしたけど上手くできなかったっていうのは自分できちんとわかったよね。その時に誰かこれをキレイにできそうな人に頼まないといけない。今、この家でこれを何とかできそうな人はお母さんしかいないよね? 確かにお母さんは怒るよ?怒っちゃうのよ。でもさ、怒られるのはしょうがないの。お母さんがいくら怖くったって、まさか家を追い出したりはしない。せいぜいこうやって怒るくらいなの。あなたのお母さんだし、あなたはお母さんの子供だからさ。 まあね、お父さんが今いればお父さんに頼めばいいと思うよ。ひょっとしたらお父さんは怒らないかもしれない。 ……まあ、怒るかもしれないけど。 うーん……例えばさ、今ここに、おじいちゃんとおばあちゃんとお父さんとお母さんがいたとしたらさ、これを何とかできそうな人ってその人たちでしょ?それでね、その中で一番怒らなさそうな人っていったら……まずおじいちゃんかおばあちゃんだわな。広島のじいちゃんばあちゃんだったら、まあ、おじいちゃんだよね?その次がおばあちゃん。そしてその次がお父さんで、お母さんは一番最後。 それだったら、わざわざお母さんに言う必要ないのよ。誰に頼むかは自分で決めたらいい。その時に怒らない人に頼みたいと思うのは当たり前のことだよね。 でも、今はお母さんしかいなくて、そしたら怒られるってわかっててもお母さんに言わなきゃダメなの! もちろん、あなたがずっと大きくなって、大人になって、そしたらいろんな人がいるからさ、ひどく怒る人がいるかもしれない。相手が怒ってあなたをひどく傷つけるような人なら言わない方がいい。でも、今あなたが怖がっているのはたかだかお母さんなの。だからお母さんには言わなきゃいけないの。 自分でできることを一生懸命やってそれでもできない時には誰かに「助けて」って言わなきゃいけないのよ。それができないとあなたが大きくなってからものすごくしんどいんだよ。 2012年 03月 05日
たとえば誰かに「日本人って○○だよね」と批判された時、相手が日本人なら「そういうところもあるかもしれない」と聞くけど、外国人だったら「いやいや、ちょっと待て…」と一言言いたくなる(①)、ということはあるだろうか。
それはつまり、自分をマジョリティの一員として捉えるか、マイノリティの一員として捉えるかで、反応が違ってくる、ということだろうか。(また、自分がマジョリティである時、かえって「自分も○○だけど程度は軽い方」、あるいは「日本人っていってもいろいいる。自分は○○じゃない」と無意識に思っている、ということはないだろうか。) ……しかし自分の場合で考えると、日本人から言われても外国人から言われても「確かにそういうところもあるかもしれない」思うだけで、あまり反応が変わらない気がする。 もちろん「○○」の内容によって反応は異なってくる。ここで言おうとしているのは、相手が日本人か外国人かにはよらない、ということだ。 ……といいつつ同時に、「反応が相手によらないのは、私にある程度長期間の海外生活経験があり、かつ、暮らしていたのがバングラデシュとアメリカで、マイノリティであるからといってただちに身に危険が及ばない暮らし方を選択できたためではなかろうか」とも思う。 これが、日本人の拉致殺害が起こったイラクとか、そこまで極端な例でなくても、総選挙時のバングラデシュで小さな村に住んでいるヒンドゥー教徒とか、ロサンゼルス暴動の時に暴動がまさに起こっている地域に住んでいた韓国人とか、そういう状況になると話は違う。違うというか最初(①)に戻る。 期間の長短を問わず、「外国に外国人として暮らす(いつかは母国に帰る予定がある)」場合、生活は様々な制約を受けるが、その一方で「その国での暮らし方を選択できる」という特徴もある。それは自由であり、ひょっとしたら「様々な制約を受ける」ことの裏面なのかもしれない。 それは母国に暮らして「生き方を選択する」という場合の「選択」とは全く異なっている。 「選択の自由」とはよく使われる表現であるが、 「実は選択に自由などないのだ」 「実は人は選択などしていない。選んだように見えても、それはその人の人生がそれを選ぶように強制しているのである」 ということについては、さまざまな人が名言を残している。 私自身は、いつの頃からか自分の人生を「自分が選び、また同時に選ばれもしたもの」として捉えられるようになったことでずいぶんいろんなことが楽になったと思う。 母国における「選択」は、まさにそういう類のものだ。 外国生活における「選択」はそれとは違う。そこにはきちんと「自由」がある。 それは決まった条件の元にしか成立しないが、理想的な自由だ。 「決まった条件の下で成立する」というとまるで物理の法則のようであり、またとても人工的なものにも見える。 2012年 03月 01日
ママ友のうちの1人に、何かにつけてうちの娘(6歳)のことを「不思議ちゃん」で済ませてしまう人がいる。悪気は全くないのだが、私の方は気持ちがザラっとすることがある。
今日はそんな日だった。 夕飯の支度をしながらそのことを思い出し、またザラっとした気持ちになった。鶏ハンバーグのタネを捏ねる作業にその気持ちをぶつけながらふと、こんなことを考えた。 "Let the people judge you as long as they don't ruin your life, but spend your life with someone who doesn't judge you" (「もし、他の人があなたにレッテルを貼りたがっても、その人たちがあなたの人生を台無しにするのでなければ好きなようにさせておきなさい。ただし、もし誰かと生活を共にするならあなたのことを決めつけない人にしなさい」) 「一生ディナーをともにすることのない人に何を言われても気にする必要はない」 と言った人もいるそうな。(参照) 2012年 02月 08日
「その車(おもちゃ)貸してくれないともう遊んであげないよ」
と弟に言う娘6歳に説教。 オモチャよりニンゲンの方が大事でしょ? あんたのいったことは△△(弟)をニンゲンじゃなくてオモチャと一緒だって言ってるのと同じ。 あんたは確かに大事だが、△△も同じくらい大事。 あんたより△△が大事じゃない、ってことはない。 あんたが友達から「そのオモチャ貸してくれないともう遊んであげない」って言われたら、お母さんは悲しいよ。 その子はあなたをオモチャと同じだと言ってるようなものだから。 それは、あなたよりその子が大事なニンゲンだって言ってるようなものだから。 あんたよりその子の方が大事なニンゲンなんだってことはない。 そんな友達要らないよ。 あんたが誰かからそんなこと言われたって知ったら、お母さんは「その子とお友達でいるのやめなさい」って言う。 友達なら「友達やめなさい」って言う。 お母さんはその子のことを変えられないから。 でも、兄弟はやめることができないでしょ。 あんたも△△も2人ともお母さんの子ども。 2人ともお母さんの子どもである以上、あんたが△△と兄弟であることをやめることはできないの。 だから、あんたに「そういうこと言うのをやめろ」って言うの。 兄弟であることをやめられない以上、あんたが変わらなきゃいけない。
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