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2005年 10月 25日
またまとまりのない話になりそうです。
ケーブルテレビの映画チャンネルで"The Laramie Project"というドラマ(日本でも『ララミー・プロジェクト』という邦題でテレビ放映されたことがあるらしい)を観る。 こんな風に「セクシュアリティ」に対する「立ち位置」という意味での私の考え方は曖昧なのだが、"The Laramie Project"の中で映し出されるララミーの風景、特にその市街地の、どこにでもある田舎町という雰囲気が、自分が今住んでいる所と重なり、そのことがもしここでヘイトクライムが起こるとしたら「外国人」である(しかも「有色人種」であり、「東洋人」であり、「日本人」である)自分はその標的になりうる立場なのだということを思い起こさせて何だか背筋が寒くなるような気がした。 あとこのドラマを観てもう一つ気になったのは、アメリカの映画関係者にはカウフマン姓の人がやけに目立つ気がするのだが、一体どうしてなんだろうということだ。ユダヤ系の姓なのかしら?どうでもいいことだけど。 今日もやっぱりまとまらなかった。 参考(未読。あとでゆっくり読んでみたいと思う): 松岡正剛の千夜千冊「『ピューリタン』大木英夫」 *1 コメントで「マシューの父親の言ったthe evilは、同性愛ではなくhateまたは息子が殺されたことを指しているのではないか」という主旨のご指摘をいただき、裁判における父親の声明(おそらく全文)が掲載されているURLも教えていただきました。 Dennis Shepard’s Statement to the Court - 11/4/99 「同性愛がthe evilであるという立場をとったのは地元のカトリック教会らしい(そしてマシューの父親はそれに苛立ちを隠していない)」ということも同じ方に教えていただきました。 そう言えば映画の中にも「地元のカトリック教会」にプロジェクトのメンバーが取材に行き、神父がそういう意味の発言をしていたシーンが。私は、神父がそれを「個人的な意見として」言っていると思っていたのですが、もしかしたら「教会の立場として」だったのか? あと映画の中では、「或る教会」が同性愛を認めないという立場で世論と裁判に影響を及ぼそうとしていることについても言及がありましたが、この頃になると私は台詞の洪水にアップアップして「『教会』ってどの教会よ」という感じになってしまい、その教会が「地元のカトリック教会」だったかどうか映画の内容で自分が理解した部分から明確に知ることができませんでした。(アメリカって狭い地域の範囲内意でも宗派や規模がさまざまな教会がひしめき合っているので・・・。) リンク先の声明では、神父を筆頭に地元のカトリック教会がグループ全体として、同性愛を認めないという立場からかなり積極的に裁判に影響を及ぼそうとした様子がうかがえます。従って(映画の中で「神父」の言動がどう扱われていたにせよ)地元カトリック教会は公の立場として「同性愛=the evil」としていたと見てよさそうです。(少なくとも映画の中で「同性愛を認めない派」の人たちが「(個々の関係・行為としての)同性愛はsinだ。聖書に書いてあるじゃないか」という路線で自分の意見を主張していたのは確か。) (2005年10月29日)
by liyehuku
| 2005-10-25 05:41
| Movie/TV
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Comments(8)
なんだろ、欧米人が、友愛に対する幅がせまいというか、家族主義が強すぎというか。たぶん、独身に対する罪悪感が強くてペアであろうとしようとしすぎるのかなぁ。日本の歴史は、一夫多妻や多夫一妻もあったし、そういうことは、独身であることはあたりまえで、江戸の男どもは、ほとんど独身だし。いい意味でも悪い意味でも、日本にはペアというのができないね。
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liyehuku at 2005-10-28 02:04
京極夏彦の「絡新婦の理」に、日本では(確か)江戸時代までの一般的な村落の多くでは、婚姻制度が非常にゆるやかでどちらかというと多夫一妻の傾向が強かった(武家など上層部の社会はむしろ特殊だった)というようなことが書いてありましたね。
母系社会で、子供の養育なんかも(誰が父親かわからないという場合が結構多いので)確か特定の誰かが育てるというよりはその集落全体で育てるという性質が強かったということも書いてあったような覚えがあります。
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太良於
at 2005-10-28 16:00
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>"Thank you for teaching me that the good may also come from tne evil"(ここでの"you"はマシューのこと)
わたしゃこの声明は聞いたことがないのでまったく見当違いなことをいってるかもしれませんが、この the evil って hate とか、息子のが殺されたことで、the good はみんなこういった問題に関心を持つようになったってことじゃないですかね? いや、なんとなく。 いや、ホントなんとなくなんですけど。
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liyehuku at 2005-10-29 11:55
>この the evil って hate とか、息子のが殺されたことで、
その可能性もありますね。この台詞に特に説明があるわけではないので明確に「こうだ!」とは言えないのですが。 早とちりも多いので映画の台詞についての自分の解釈に正直、自信がなくなってきましたが、でもやっぱり私はthe evil=「同性愛、その他聖書で禁じられている行為、それを行なう人々」という気がします。いや。これも「なんとなく」なんですよね。 根拠はうまく説明できませんが、強いて言えば映画の流れ(特に「同性愛認めない派」の言動)とか日頃見聞きしたことから、ということになるか・・・。 <続く>
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liyehuku at 2005-10-29 11:55
<続き>
で、そのあたりから逆に、もしevilが単に「邪悪な」という意味だったら公式な場で使うかなあ、いくら何でもポリティカルコレクトという立場はあるわけだし・・・でもアメリカだと意外に「ポリティカルコレクト」より信仰の方が優先されていたりして(特に陪審員や世論に訴えるという意味において)・・・と思ったり、いやいやさすがにそれでも裁判のような場では「ポリティカルコレクト」の方が優先されるはずだから(というかどちらかというとそうあって欲しいという感じ)、もしかしたらevilの意味がそれを日本語に訳した時とちょっと違うor日本語の意味(「邪悪な」)より意味が広いのではないかと考えてみたりもしたのでした。 ・・・やっぱり声明の中のthe evilは「hatredまたは息子が殺されたこと」ととるのが素直かなあ。 (evilの意味そのものについては、他の映画で同じようなことを感じたことが何度かあるので今後具体例を見つけたら気に留めておこうと思います。) <終わり>
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liyehuku at 2005-10-29 11:56
<追記>
ちなみにエントリと直接関係ないのですが、「評決のとき」という映画、映画自体は「ふーん(何か物足りないけどまあ普通かなあ・・・)」という感じなのですが、被告側弁護人であるジェイク(マシュー・マコノヒー)の最終弁論の締めくくりの台詞が印象的です。 「アメリカの裁判に『ポリティカルコレクト』を求めることは難しい。そしてその原因は主に陪審員制度から生じている」という点(実情?)を設定に取り入れ、それがその台詞にうまく生きています。或る意味、「どんでん返し」で、(そしてまた「或る意味、」)腑に落ちる結末でした。 もう一つおまけで 他のサイトから"Paradise Lost"という映画の情報を。 http://www.geocities.jp/obobsyco/unreleased/-2000/unreleased1990.htm#paradise 私は未見ですがこういう話を知ると心の底からゾっとします。(ホラーどころじゃないという感じ。) アーカンソー州って2度ほど行ったことあるし、その時ウェスト・メンフィスも通ったような気がするけど、地理的な条件、自然環境から見ても閉鎖的な地域が多いのかな、と思いました。(心なしかそういう雰囲気も感じましたがこれは単なる先入観かも。)
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太
at 2005-10-29 15:58
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ちょっとしつこいかなと思いましたが、まぁ、しつこいんですが、父親の声明を探してみました。
ここで全文読めます。編集(かきかえ)はされてないと思いますが。 http://www.wiredstrategies.com/mrshep.htm Good is coming out of evil. は下から三つめのパラグラフですね。 "You made the world realize that a person’s lifestyle is not a reason for discrimination, intolerance, persecution, and violence. " このヒトは「Gay は evil」とは言わないでしょう。それが自分の息子じゃなくても。 声明の最初のほうに言及されてますが、「G は e」の立場をとっていたのはどうやら地元のカトリック教会らしくて、親父さんはかなり苛立ちを隠してないですね。 父親が教会側にいるように描かれていたとしたら、それはこの映画を作ったヒトのほうにbias(もしくわ agenda)があるということでしょうね。 ま、アメリカですからね。そんなんふつうです。 いや、長々と失礼しました。いつも楽しく読ませていただいてます。 それでは、ごめんください。
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liyehuku at 2005-10-30 00:37
わあ、どうもありがとうございます。
「親父さんはかなり苛立ちを隠してない」ということは、お父さんがthe evilを「同性愛、その他聖書で禁じられている行為、それを行なう人々」として使ったとは考えにくいですね。映画の立場として「父親が教会側にいるように」描くとはあまり思えないので、私がお父さんの声明と教会の立場を混同していたと考えた方がよさそうです。 (エントリ見直してURLを付記した上で修正しておきたいと思います。)
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