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2010年 03月 18日
先月末に友人の夫(44歳)が亡くなって以来、しばらく調子を崩していた。
亡くなる2ヶ月ほど前に大腸ガンであることがわかり、すぐに手術を受けたらしい。大手術だったが、既にリンパなど他のところに転移していた。 友人はうちの娘が通っている学校で働いており、彼女の下の子(友人には2人の娘がいる)も同じ学校に通っている。彼女の夫が手術後の感染症にかかったので"Please pray for his family"という知らせは、学校の入り口においてあるホワイトボードで知った。本人とはなかなか連絡が取りにくい状況だったが、学校で働いている別の知人から「大腸ガン」という話を聞いた。 その時から「もしかしたら・・・・・・」という思いはあった。その後、学校で友人を見かけて話をする機会があり、手術がかなり大がかりなものだったこと、既に転移していたことを聞いた。 それでもその死は急で、私は虚を突かれた。 葬儀の翌日だったか、眠たくて眠たくてしょうがない。子どもたちも同様で一緒に昼寝をしたのだが、2時間近くも眠ったのにまだ眠い。ちょうど生理の前によくあるような「眠たくて眠たくてしょうがない」「いくらでも寝ていられる」ような感じで、「もしや鬱の症状では?」とは思っていた。 その後、「物事に集中できない」「何も感じない」「自分だけ周りの世界からずり落ちそうになっているような感じがする」「自分の周りに厚い膜が張っているような気がする」という状態が1週間から10日ほど続く。 そして、夫が忙しかったり仕事で疲れ切っていたこともあり、ふとしたきっかけで本当に「ずるり」と私一人だけ沈み込んでしまった。 その後イライラした状態が1週間ほど。(主に夫に対する怒り-「自分がそういう状態に陥る前に、私はちゃんとSOSのシグナルを出したのに、何故手を差しのべてくれなかったのか」というような怒り-を募らせる。) そしてそれが一通り終わると、今度は悲しい気持ちになった。 特に亡くなった人を悼んでいるというわけではないのだが、「何となく悲しい」という感じが続く。何にせよ、「何も感じない」から「悲しい」になったということは、ようやく回復に向かいつつあったのだろう。 特に亡くなった本人と親しくしていたわけではないし、友人は忙しい人なのでそれほど行き来はなかった。 それでも友人に対して私なりの(一方的ともいう)思い入れのようなものはあった。友人の上の娘が性格的に私に似ていることや、亡くなった本人に対しても、年齢がまだ若いこと、幼い子供たちがいることなどから、どうしてもそれぞれの立場の人(幼い子供を残して死んでいく彼、残される妻、そして残される子ども)と、自分を重ねてしまっていたのだろうとも思った。 その他にもう一つ思い当たることがある。 昨年末、父方の祖母が亡くなった。 私一人で4歳と1歳の子どもを連れて帰る困難に加え、その時期、母子3人何かにつけて体調を崩しがちだったこともあり、両親とも話し合った結果、帰らないことにした。(祖母と折り合いの悪かった母はもちろん、父も孫の体調を心配して「帰らなくていい」ということを強調していた。) 祖母の死に関して自分の中に特に何の感慨もわかないことに驚いた。 祖母の死後、母と話すのを避けたい気持ちがますます強くなったということはあるにせよ、変わったことと言えばそれだけだ。 祖母は10年ほど前に認知症になった。発症してすぐに入院したのだが、それ以来、「今夜あたりが山かもしれない」ということが何度かあったので、急に亡くなって虚を突かれたという感じは全くない。それなりに自分の中で準備ができていたからかもしれない、と思っていた。 そして確かに「祖母という特定の、自分以外の誰かの死」に対してはそれなりに準備ができていたのだと思う。 でも多分、「死というもの」(誰にでも訪れて、自分の身にもいずれは降りかかる死というもの)に対しての準備はほとんど全くできていなかったのだろう。 それが友人の夫が亡くなり、葬儀などの場で故人の死を悼む人たちと接したことがきっかけとなって、「死というもの」に目を向けざるを得なくなったのだと思う。 その過程で、祖母の死もおさらいしていたような気がする。
by liyehuku
| 2010-03-18 03:27
| Diary
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