『アジア旅行の思い出を語ろう』(2004年12月15日号)より、2006年2月19日に再録。
◆ 日本女子のためのバングラデシュ入門 ◆ liyehuku
一度でいいから男の人にモテてみたいなあ、と思う。結婚した今でもたまにそう思うことがある。どんな気分だろう?思えば大学時代、ほとんど男子校みたいな環境にいながらもそんな気分を味わったことはない。
卒業旅行で友人(女)と二人で出かけたモロッコ、「日本人の女の子はモテるよー」という事前情報があったにも関わらず全然モテなかった。
ちなみに友人はモテモテだった。
大学を卒業する頃、友人(男)に言われた。「お前は男慣れしてなさすぎる」中学も高校も女子校だったのがいけなかったのか。
そんなわけで恋愛下手なのである。告白されたことは一度もない(?)が、自分から告白して見事に玉砕、ということはある。一度だけではない。ふられて酔っ払って相手に絡んだことすらある。友人は言う。「あんたは自分一人で舞い上がりすぎ。もうちょっと作戦立てなよ」しかし、自分の容姿とか性格とか直視しなければならないことは他にもあることだし、そもそも今回の話から方向がずれてきたような気がするので、ここまで読んできた方はこれまでのことはひとまず忘れて欲しい。
バングラデシュに行ったことがある。2年もいたから「暮らしていた」と言っても構わないだろう。ある時、友人が日本から遊びに来た。彼女たちが帰国する日、空港に送って行った帰りのタクシーの中で、「日本人でしょ?」と運転手に話しかけられた。
「そうだけど・・・・・・?」
「日本人の女の子っていいよね」
「?」
「昨日、映画館で日本映画を観たんだ。日本人の女の子がすごくきれいだった」何だか嫌な予感がする。
ここでバングラデシュの映画館事情を説明しよう。(といっても2000年12月~2002年12月のお話。)バングラデシュでは映画館は基本的に男(または家族連れ)が行く所で、女性が一人でうかうか入ると大変なことになる。女性席が用意されていたり、家族連れの側に座ることができたりしたら運がいい。もし女性席がないような映画館に入ったら、女性席を用意するよう断固として主張すべきである。上映されているのはもっぱらヒンディー映画。ちなみに国産バングラ映画は人気がない。低予算で適当に作ったものが多いので面白くないのだそうだ。中には、男性向けのポルノ専門館もある。そしてポルノ映画と言えば、中国製か韓国製か日本製と相場が決まっている。逆に言うと、ヒンディー映画天下のこの国で公開される日本映画とは?
「その映画ってポルノでしょ」と突っ込んだ私に、運転手はしどろもどろしながら「えっと・・・・・・ま、まあ・・・・・・・そうとも言うね。でも、すごくきれいだったんだよね」そして、2秒前のしどろもどろがまるでなかったかのように明るい表情で「でさあ、ダッカっていっぱい映画館あるじゃない?今度一緒に映画観に行こうよ」と言う。私ははっきり言った。
「やだよ」
「いいじゃん、行こうよ」
「いやだ」
「えー、なんで?なんでさ?」
「知らない男の人と二人で映画館行くのがいやだ」
「『知らない』って言ったって今こうして二人で話をしていることだし」
「それでもやっぱり男の人と二人は恐いから行かない」
「えー、大丈夫だよ。絶対何にもしないから、ほんとに」
果たして「絶対何もしない」などと言う男は本当に何もしないのであろうか?
「二人きりが恐いってさー、今はどうなの?車の中で二人きりでしょ?」
密閉された車中の空気が一気によどんだ。重たくなった空気の粒子の一粒一粒がいっせいにぎろっとこっちを見た気がした。
「『でしょ?』ってあんた、これは仕事でしょ!仕事は仕事できちんとやんなさいよ」
「ちぇ、俺、日本人の女の子好きなのになあ」
「そもそも、何でバングラデシュ人の女の子じゃだめなわけ?きれいな子多いし。性格いい子もいっぱいいるでしょうが」
「だって金(かね)取るんだもん」
要するにこういうことだ。
1.彼の、タクシー運転手としての稼ぎはあまり良くない。
結婚したくても、家族を養うには今の稼ぎでは十分でないので、素人の
女の子と付き合えない。日本人だったら金持ちなので自分が養う必要が
ない(と思っている)。
2.そもそも彼は遊びたいだけだ。
お金持ち・高学歴の大学生ならともかく、庶民の間で「恋愛(たいてい
セックスを伴う)と結婚は別」は通用しないから、うかつに素人の女の
子に手が出せない。でも「フリーセックスの国」(日本やらアメリカや
ら)から来た女性なら結婚にはこだわらずに付き合える。金(かね)も
かからない。相手が日本人だったら気後れしなくていいし、ベスト。
ところで、バングラデシュ男性の多くが日本人女性に抱くイメージとは?
ある日、大の男3人がやってきて、真面目な顔で「聞きたいことがあるんだけど・・・・・・」と言う。何かと思えば、「日本人の女の子って会ったその日にセックスOKって本当?」何てことを聞くんだろう、この人たちは。
「・・・・・・まあ、そういう人もいるけど、そうじゃない人もいるし少なくとも私にはそれは無理」
と答えると、さらに
「でも、A君とB子さんが恋人同士で何年も同棲しているのに、B子さんはC君と結婚するとかあるんでしょ?・・・・・・いや、あなたはおいといて」
どう答えればいいいのだ。例がひどく具体的なのはポルノ映画からの受け売りだからなのか?
「そういう人もいるけど、そういうのが嫌いな人もいるし、日本でもあんまりいいことだとは思われてはいないよ、世間的に」
と答えたのだが、言いたいことが今ひとつ伝わりきっていないような気がした。
「成り行き上、仕方なくそうなることはあっても、最初からそれを望んでいるわけではないだろう、普通は」
「それに『出会ったその日に』っていうのだってほとんどの場合は誰とでも、というわけではない」
「だから最初からそういうのを期待して日本人女性に接するのはやめなさいってば」
というニュアンスを強く感じて欲しかったのだが。
まあ伝わらなくてもしょうがないとは思う。バングラデシュで結婚前に恋人がいたことが世間に広まったら、まず結婚できない。特に女性は社会的にどこにも受け入れてもらえなくて生活していけなくなるということが(昔より少なくなったとはいえ)いまだにありうる。男性にしても別れた相手の家族からの報復だとか、(別れたことが悪い評判になってしまうことで)社会的な制裁を受けるとか、結構命がけな状況になることも考えられるだろう。微妙なニュアンスを理解するには、「許されない」度合いが日本と違いすぎる。
それにしてもあななたち(質問者3人)、ポルノ映画の観すぎだから!
「嫁さんと二人で研究してるんだ」(しかしうち2人は未婚、彼女なし)などと言い訳しながら職場で複製エロビデオCDの貸し借りをするんじゃない!それより何より、私は彼らに「セクハラだ!」と声を大にして訴えるべきだったのだろうか?
さて。タクシー運転手の話に戻ろう。
彼の意識にあるのは上に挙げた1か2か、もしくは両方だ。「両方だけど2が占める割合の方がだいぶ大きいだろう」と私は思った。
「へえ、そういう売春宿ってこの辺にもあるんだ」
「△△の辺りにあるよ」
云々。
やっと話がそれてほっとしたあたりで目的地に着いた。私が財布を取り出している間に彼が言う。
「じゃあさ、今度俺のタクシーに乗ったら、一緒に映画観に行こう!そういうことにしようよ」
何ですか、それは?運命だからというわけですか?
「・・・・・・」
タクシーを降りる私の背中に彼は非常にポジティブな調子で声をかけた。
「約束だからね!」
ああどうか今後彼のタクシーに当たりませんように(アッラーよ)。
タクシーを降りた後、自分がひどくぐったりしているのに気が付く。(何だかイヤな汗もかいたし。)この場合、明らかに「モテる」という状況とは違うのだが、本当にモテるというこがどういうことなのかだいたい想像はつく。 程度の差こそあれ、きっと似たような疲労感を覚えるのだろう。こういう体験をするたびに「もうモテなくていいや」と思う。
でも、それでもたまに「モテてみたいなあ」とふっと思うんだよなあ。
これって本能みたいなものなのだろうか。